尾瀬には、燧ヶ岳(2,346m)と至仏山(2,228m)が向かい合って聳えています。
燧ヶ岳は花崗岩からなる酸性の山であるのに対して、至仏山は蛇紋岩からなる塩基性の山です。
尾瀬ヶ原から眺める至仏山は、なだらかな女性的な山のように見えますが、蛇紋岩の巨石に覆われた険しい山です。
この特異な環境の為に、至仏山には多くの固有種が生育します。
従いまして、コマクサなどが咲く燧ヶ岳、ホソバヒナウスユキソウなどの固有種が豊富な至仏山、それに尾瀬沼や尾瀬ヶ原の湿原の花といった具合に、非常にバラエティーに富んだ花を見ることが出来ます。
尾瀬は多数の観光客が訪れ、環境破壊も問題となっています。貴重な花を是非後世に残して行きたいものです。
作品の追加、変更は随時行う予定ですので、ご了解下さい。
下田代より見た至仏山
最終更新日;2025年7月12日
【アブラナ科】
【カタバミ科】
【カヤツリグサ科】
【キキョウ科】
【キク科】
【キンコウカ科】
【キンポウゲ科】
【クサスギカズラ科】
【サクライソウ科】
【サクラソウ科】
【サトイモ科】
【シュロソウ科】
【スイレン科】
【ススノキ科】
【スミレ科】
【チシマゼキショウ科】
【ツツジ科】
【トウダイグサ科】
【ニシキギ科】
【バラ科】
【ミツガシワ科】
【ムラサキ科】
【メギ科】
【モウセンゴケ科】
【ユキノシタ科】
【ユリ科】
【ラン科】
【リンドウ科】
(ここの並びは、あいうえお順)
以下の並びは、APGVに準拠。 探したい花の名前がわかっている場合は、トップページの【花の検索】から探すと全ての山のページが対象になります。
【スイレン科】
オゼコウホネ (スイレン科 コウホネ属)
Nuphar pumilum var. ozeensis (尾瀬河骨)
尾瀬の名前がありますが、尾瀬の固有種ではありません。但し、分布場所は限られ本州(尾瀬、月山)と北海道北東部に分布し、海外には分布しません。ネムロコウホネ(var. pumilum)の変種です。左の写真は尾瀬ヶ原で撮影したもの、右は月山で撮影したものです。この写真では判り難いのですが、トンボの片足が乗っているのが雌蕊の柱頭で、この部分が赤いのがオゼコウホネの特徴です。花弁のように見えますが萼片です。根茎が骨のように見えることから、コウホネ(河骨)の名があります。
個体数は激減しており、広い尾瀬ヶ原を一日歩いて、たった1輪見かけただけで、無数にある池塘を独占しているのはヒツジグサでした。
木道からは非常に遠い場所に咲いていたので500mm相当の超望遠レンズで撮影しました。
同じ科のヒツジグサとは池塘の深さですみ分けをしていると言われており、オゼコウホネの方が深い水深を好むのだそうです。確かにオゼコウホネを見掛けた場所は大きな池塘で水深も深そうでしたが、端の方にはヒツジグサが進出しており、これから両種の生存競争が始まるのかもしれません。入山が禁止されている場所には、まだオゼコウホネが咲く池塘があるとのことです。
月山の弥陀ヶ原湿原でもこの花が見られる池塘は限られます。
ヒツジグサ (スイレン科 スイレン属)
Nymphaea tetragona var. tetragona (未草)
図鑑などには九州から北海道の池や沼などに分布すると書かれています。平地にも分布するのだそうですが近所の池などでは見掛けたことはなく、尾瀬のような高層湿原で良く見掛けます。海外ではヨーロッパ、シベリア、東アジア、インド北部など広く分布します。小型のスイレンで群生して池塘の水面をびっしりと埋め尽くすように丸い葉を浮かべます。
花が未の刻(午後1〜3時)に咲くのでこの名がありますが、天気が良ければ朝から咲いています。夜には花を閉じます。
何時でも見られると軽く考えていたら、さすがに悪天候の日には花を閉じておりました。
「尾瀬の池塘を代表する花」と言えば聞こえは良いのですが、池塘を全て独占してオゼコウホネを絶滅に追い込んでいるようにも見えます。
尤もこれが自然の生存競争ですから仕方がないのかもしれません。
秋になって黄色く色付いた葉に埋め尽くされた池塘も絵になります。
【サトイモ科】
ミズバショウ (サトイモ科 ミズバショウ属)
Lysichiton camtschatcensis (水芭蕉)
某有名唱歌のおかげで尾瀬の花のように言われていますが、尾瀬の固有種なんかではなく、高層湿原ではごく普通の花です。尾瀬以外にも有名な群生地があります。
北海道と本州(中部以北の日本海側と兵庫県)に分布します。海外ではカムチャッカ半島、サハリン、ウスリーに分布します。
ミズバショウ属は世界でも2種、日本では本種のみが分布します。
夏になると、キャベツの外葉のような大きな葉っぱをバサバサと繁らせ、春先の可憐な姿には及びもつきません。この巨大な葉が芭蕉(Musa basjoo)の葉にも似ていることから水芭蕉の名前があります。
ミズバショウの英名はSkunk cabbageです。葉などを傷付けると悪臭がすることと葉がキャベツに似ていることが英名の由来です。
ですから、とても夏の思い出になるワケがありません。
1990年頃の尾瀬は環境破戒が深刻で、富栄養化の為にミズバショウが巨大化していました。
白い仏炎苞の大きさは大きくても掌大ですが、その頃は小屋の付近ではコピー用紙を撒き散らしたかのような巨大な花が咲いておりました。
最近は環境対策が進んだのか以前のような巨大ミズバショウは見掛けなくなりました。
至仏山(下ノ大堀)と燧ヶ岳(大江湿原)をバックに咲くミズバショウを載せました。
ザゼンソウ (サトイモ科 ザゼンソウ属)
Symplocarpus renifolius (座禅草)
北海道と本州の水湿地に分布します。海外では朝鮮半島、サハリン、アムール、ウスリーに分布します。夏になると大きな葉を繁らせるなど仏炎苞の色以外はミズバショウに似ていますが、両者は全く別の属の植物です。
尾瀬ではミズバショウに先駆けて雪の残る湿地に咲きます。
暗褐色の仏炎苞の形が座禅を組んだ僧侶の姿に似ていることから、この名があります。仏炎苞の色には個体差があり、中には白に近い黄色いものまであります。
尾瀬でこの花を見ようとすると、4月下旬の残雪の頃となります。
この年は雪が多く、5月中旬にミズバショウと一緒にザゼンソウを見ることが出来ました。
【チシマゼキショウ科】
イワショウブ (チシマゼキショウ科 イワショウブ属)
Triantha japonica (岩菖蒲)
秋の尾瀬の湿原を歩いていると草叢の中に小さな紅白の花穂が咲いています。赤白のコントランスが見事で今まで見たことのない花だと思って近寄って見たらイワショウブの実でした。
円内が花です。花も可愛いのですが、なんせ小さい花なので広い湿原ではあまり目立ちません。1節に3個ずつ花を付けます。
本州の大山以北の山地帯から高山帯の湿原に分布し、海外には分布しません。イワショウブ属は小世帯の属で、世界でも北米に3種、日本には本種のみが分布します。
以前はユリ科イワショウブ属でしたが、APG分類ではチシマゼキショウ科イワショウブ属として分類されます。
【サクライソウ科】
オゼソウ (サクライソウ科 オゼソウ属)
Japonolirion osense (尾瀬草)
尾瀬のページを作ったからには尾瀬の名を冠する花を載せたいものです。至仏山や尾瀬には貴重な固有種や特産種は多いのですが、尾瀬の名がつく特産種は本種とオゼヌマアザミだけです。
そんな訳で、この花を見る為に至仏山に登りました。しかし、この年は残雪が多く開花は遅れていました。諦めて高天ヶ原を下っていたのですが、もうすぐ高山帯も終わるところで、この花に出会いました。
至仏山と谷川岳、及び北海道の天塩山地の亜高山帯から高山帯の湿った蛇紋岩地に特産します。日本特産の属で1属1種の植物です。天塩山地のものは、以前はテシオソウ(f. saitoi)として別品種とされたこともありましたが現在では同一種とされています。
目立たない植物ですが、学名のlirionはユリという意味ですから、尾瀬産の日本のユリという名前負けしそうなほど立派な学名を持っています。
なお、折角ユリとしての立派な学名をつけてもらったのですが、APG分類ではユリ科からサクライソウ科に変わってしまいました。科の名前となったサクライソウ(桜井草)は、樹林帯の林床に生える葉緑素を持たない菌従属植物です。
【キンコウカ科】
キンコウカ (キンコウカ科 キンコウカ属)
Narthecium asiaticum (黄金花)
本州の近畿以北と北海道の山地や亜高山帯の湿原や湿地に分布し、海外には分布しません。
夏の高層湿原を代表する花で、大きな群落を作ります。ニッコウキスゲが終わった尾瀬でコバギボウシと共に湿原を彩ります。一個の花は小さいですが、花期には湿原が黄金色に染まることから、黄金花(金光花)の名前があります。
なお、従来はユリ科でしたが、APG分類ではキンコウカ科として独立しました。独立に際してソクシンラン属やノギラン属を含めた5属からなる新たな科を代表する名前になりました。また、キンコウカ属は北半球の温帯域に7種が分布しますが、日本には本種のみが分布します。
【シュロソウ科】
ショウジョウバカマ (シュロソウ科 ショウジョウバカマ属)
Heloniopsis orientalis var. orientalis (猩猩袴)
この花は高山でも見掛けますが、九州から北海道までの低山から高山まで広く分布します。海外では朝鮮やサハリンなどにも分布します。早春の雪が融けた頃の尾瀬の湿原にミズバショウに少し先駆けて咲く花で、枯れ草ばかりの湿原で目立つ花です。
花は淡紅紫色のものが多いのですが、左下のように濃い色のものもあります。花が終わっても右下のように花被片が残るため、何か花が咲いているように見えます。
「猩猩」というのは中国の想像上の動物で、赤くて猿のような顔をした大酒飲みの動物だそうです。花を猩猩の顔に葉を袴に見立てた名前です。
なお、従来はユリ科でしたが、APG分類ではシュロソウ科に変わりました。
【ユリ科】
コオニユリ (ユリ科 ユリ属)
Lilium leichtlinii f. pseudotigrinum (小鬼百合)
この花も高山植物写真館に入れたら叱られそうな花です。北海道から奄美大島まで広く分布します。海外では朝鮮半島、中国東北部、ウスリーに分布します。
日当たりの良い湿った場所に生えます。ニッコウキスゲが終わった尾瀬の湿原では、コバギボウシと共に目立つ花です。
コオニユリは日本の在来種です。同じような花にオニユリ(L. lancifolium ver. lancifolium)がありますが、これは中国から渡来した外来種だそうです。
【ラン科】
トキソウ (ラン科 トキソウ属)
Pogonia japonica (朱鷺草)
尾瀬で良く見掛けるので、私には高層湿原の花のイメージがあるのですが、北海道から九州までの陽当たりの良い湿地に生える多年草です。低地の湿原から高層湿原まで垂直方向の分布も広いです。海外では朝鮮半島、中国、極東ロシアにも分布します。
花の直径は1.5〜2.5cm程度の小さなランです。
和名は、この花の色をトキ(朱鷺)の羽の色にたとえて名付けられています。全体の写真は月山の湿原で撮影したものですが、結構淡いピンク色です。なお、純白のシロバナトキソウ(f. pallescens)と呼ばれる別品種もあるとのことです。
左下の円内の写真は尾瀬で撮影した株です。
ラン科の植物ですから後ろの3枚は萼片で前の3枚が花弁です。このうち下向きの花弁は唇弁と呼ばれます。
唇弁は訪花昆虫の着地に都合の良い形をしており、トキソウの場合は肉質突起が密に生えて、昆虫が足を掛け易い構造になっています。
月山のものと尾瀬のものとでは唇弁の色がかなり違っています。個体差なのかどうかは判りませんが、写真をホームページにアップしようと整理していて、初めてこの差に気付きました。
【ススノキ科】
ゼンテイカ (ススノキ科 ワスレグサ属)
Hemerocallis dumortieri var. esculenta (禅庭花)
植物図鑑などではゼンテイカ(禅庭花)として記載されていますが、一般にはニッコウキスゲ(日光黄菅)の方が、通りがいいです。
本州中部以北と北海道の湿原に分布します。海外ではサハリンなどに分布します。尾瀬のニッコウキスゲの大群落はあまりにも有名ですが、各地に有名な群生地があります。この花の季節には尾瀬は都会並みの大混雑となりますので、出かけて行く気にもなりません。
『定年を過ぎたら、平日の尾瀬でニッコウキスゲを撮影してこよう』などと暢気なことを言っているうちに尾瀬のニッコウキスゲはシカの食害により大規模な群落は消えてしまいました。
かつては湿原を埋め尽くすように咲き誇ったニッコウキスゲの群落は年々寂しくなってゆくだけです。右の写真の群落は2015年の大江湿原です。2015年にはまだこの程度の群落が残っていたのですが、現在はすっかり姿を消したようです。左の写真は八幡平で撮影したものです。
なお、北海道やサハリンに分布するものは、花柄が短いなどの違いからエゾゼンテイカとされたり、エゾカンゾウやヒメカンゾウの変種とされたりするなど和名・学名ともに混乱していましたが、現在では変異が連続的であることなどから同一種とされています。
ゼンテイカは、従来はユリ科キスゲ属でしたが、APG分類ではススノキ科ワスレグサ属に変わりました。属の名前のワスレグサ(忘れ草)とは近縁種のカンゾウ(萱草)のことで、花が一日で終わるため中国の故事の「萱草忘憂」に因んで忘れ草と呼ばれるのだそうです。なお、似た名前の「忘れな草」はムラサキ科ワスレナグサ属(参照;エゾムラサキ)の植物です。また、科の名前のススノキはオーストラリア原産のススキのような細い葉をつける植物だそうです。
【クサスギカズラ科】
コバギボウシ (クサスギカズラ科 ギボウシ属)
Hosta sieboldii (小葉擬宝珠)
高山植物写真館に入れたら叱られそうな花です。九州、四国、本州、北海道、千島までの日当たりの良い湿地に広く分布します。海外ではサハリンやウスリーに分布します。
ニッコウキスゲが終わると尾瀬の湿原の主役はこの花に代わります。ニッコウキスゲで賑わった尾瀬も、この花が咲く頃には静かな湿原に戻ります。
実をつけたニッコウキスゲの間から花茎を伸ばしていますが、ニッコウキスゲの葉に隠れて本種の葉は見えません。コバギボウシの葉は条脈が目立たないことと葉の基半部が急速に細くなっているのが特徴です。
別名をミズギボウシと言い、白花もあります。
従来はユリ科でしたが、APG分類ではクサスギカズラ科に変わりました。
科の名前となったクサスギカズラ(草杉蔓:Asparagus cochinchinensis)は漢方薬に用いられる植物で、生薬名を天門冬(テンモンドウ)と言います。クサキカズラ科の和名を説明するとややこしいのですが、学名だとAsparagaceaeです。
和名をアスパラガス科やアスパラガス属としてくれれば分かり易いのに・・・・・。
【カヤツリグサ科】
サギスゲ (カヤツリグサ科 ワタスゲ属)
Eriophorum gracile (鷺菅)
北海道から本州の亜高山帯から山地の湿地に分布します。海外ではユーラシア、北アメリカなど北半球に広く分布します。
長い茎の先につく穂の数がワタスゲは1個なのに対して、サギスゲは2〜5個の小穂を付けます。花が終わって花被片が糸状に伸びるとワタスゲは白い球状の果穂になるのに対して、サギスゲは白い小鳥が飛んでいるような姿になります。
右写真の上が果期(実)の拡大写真で、下は花の拡大写真です。
ワタスゲは茎や葉を叢生して大株となって群生しながら増えますが、サギスゲは地下匐枝を出して株を作らないで増えます。この増え方はエゾワタスゲと同じです。
ワタスゲ (カヤツリグサ科 ワタスゲ属)
Eriophorum vaginatum (綿菅)
本州中部地方以から北海道の亜高山帯から高山帯の高層湿原に分布します。海外では朝鮮半島、ユーラシア、北アメリカに広く分布します。
カヤツリグサ科やイネ科といった植物にも高山性のものがあり、貴重な固有種も存在します。
残念ながらこれらの科の植物は、あまりにも雑草といった感じが強くて、撮影の興味が減退します。
しかし、高層湿原に群落を作るワタスゲは果期(実)になると白い花被片が長く伸びて球状の綿玉を作ります。この綿玉が大名行列の毛槍に似ていることから、スズメノケヤリという別名があります。
ワタスゲは茎や葉を叢生して大株となって群生しながら増えます。白い綿玉が湿原を埋めるように群生する様子は大変美しいです。
右の写真の円内は花期のワタスゲです。この頃はまだ茎も短く地味な花を咲かせます。
大雪山にはエゾワタスゲが分布します。
【メギ科】
クモイイカリソウ (メギ科 イカリソウ属)
Epimedium koreanum var. coelestre (雲居碇草)
至仏山と谷川岳の亜高山帯の蛇紋岩地のみに特産します。日本に自生するイカリソウの仲間では唯一の高山性の植物です。
葉は2回3出複葉で、頂小葉は卵形、側小葉は歪んだ卵形で先が伸びるので、いびつなハート形となります。花は茎の先に2〜4個つけ、淡黄色の錨のような花を下向きに咲かせます。
基準変種であるキバナイカリソウ(var. koreanum)は、北海道(渡島半島)、本州(日本海側の低山帯)、及び朝鮮半島に分布します。
基準変種に比べて、本種は全体に小型で小葉の縁に刺状の毛がありません。
トガクシソウ (メギ科 トガクシソウ属)
Ranzania japonica (戸隠草)
別名をトガクシショウマ(戸隠升麻)といいます。戸隠山で発見されたことから戸隠の名前がありますが、戸隠山ではまず見ることが出来ません。高山植物の本などには、中部以北の日本海側の多雪地帯の主として落葉広葉樹林下に稀に分布すると書いてありますが、多分見ることは困難です。多くの本に掲載されている本種の写真は尾瀬にある沢で撮られたものです。大変美しい花ですが、この花も盗掘により絶滅の危機に瀕しています。
日本特産の属で1属1種の植物です。花弁のように見えるのは萼片です。この尾瀬の沢でも個体数は激減しており、久し振りに2023年に出掛けた時には、全く見ることが出来ませんでした。
【キンポウゲ科】
ヤマトリカブト (キンポウゲ科 トリカブト属)
Aconitum japonicum subsp. japonicum (山鳥兜)
9月の尾瀬では、エゾリンドウと共に目立つ花です。特に見晴地区の山小屋周辺では、小屋がこの花に囲まれるように沢山生育しています。
小屋周辺のなど林縁や傾斜地では茎は斜上しますが、草原や湿原では写真の株のように直立します。
トリカブトは変異種が多く、同定するのが難しい植物です。実はこの花はヤマトリカブトなのか亜種のオクトリカブト(subsp. subcuneatum)なのか若しくはツクバトリカブト(subsp. maritimum)なのか、はっきりしません。花柄に屈毛があって、葉の切れ込み具合からヤマトリカブトかなと推定している程度です。
植物図鑑やネットのサイトに掲載された同じような特徴の写真と比較してもはっきりしません。そこで、これらの亜種の基準亜種であるヤマトリカブトとして紹介致します。
ヤマトリカブトは本州(栃木県〜愛知県)に分布し、海外には分布しません。
今まで山では色々なトリカブトを見てきましたが、同定するのが難しいのでキタダケトリカブトのように生育場所や特徴がはっきりしているものしか掲載していませんでした。
しかし、秋の尾瀬の湿原を代表する花ですので、名称が曖昧ですが載せておくことにしました。
キクザキイチゲ (キンポウゲ科 イチリンソウ属)
Anemone pseudoaltaica var. pseudoaltaica (菊咲一花)
高山植物というよりも早春の山の花です。
雪が残る季節に可憐な花を咲かせ、晩春にはもう枯れ始め、一年の大半を地下の塊茎で休眠します。早春の僅かな季節だけを生きる儚ない花をスプリング・エフェメラルと言うようですが、本種もそんな仲間です。
早春の山を歩けば逢うことが出来るのかもしれませんが、その時期はあまり山に行きません。そんな訳でこの花は植物園で見たことはあっても野生状態のものを見たのは尾瀬が初めてです。しかも雪解け水でぬかるんだ木道で滑って転んだ目の前に咲いていた株で、非常に印象深いです。
本州(近畿以北)から北海道の樹林帯の林内や林縁などに分布します。海外では朝鮮半島に分布します。
リュウキンカ (キンポウゲ科 リュウキンカ属)
Caltha palustris var. nipponica (立金花)
北海道から九州の山地帯の湿地や浅い水中に分布します。海外は中国、朝鮮半島、東シベリアに分布します。
雪解けの高層湿原をミズバショウと共に彩る花です。
水辺で水に浸かって咲いている姿をよく見かけるので『流金花』がふさわしいと思うのですが、正しくは『立金花』だそうです。
名前に因んで花数が多い華やかな株の写真に差し替えました。尾瀬らしく木道の傍に咲いている株として、上下に少しだけ木道を残しています。
北海道には、やや大柄のエゾノリュウキンカが分布します。
【ユキノシタ科】
ズダヤクシュ (ユキノシタ科 ズダヤクシュ属)
Tiarella polyphylla (喘息薬種)
北海道〜本州(近畿以東)、四国の山地や亜高山のブナ帯から亜高山帯の林床に分布します。海外では、朝鮮、中国、ヒマラヤに分布します。尾瀬では樹林帯の中の木道脇で見掛けます。
ズダとは長野県などの方言で喘息のことだそうです。種子が喘息の薬として使われたことからこの名前があります。
ズダヤクシュ属は世界でも5種しかない小さな属ですが、本種のみがヒマラヤから日本にかけて分布し、他は北米に分布します。
【バラ科】
ノウゴウイチゴ (バラ科 オランダイチゴ属)
Fragaria iinumae (能郷苺)
北海道から本州(大山以北の日本海側)亜高山帯から高山帯の湿った草地や林縁に分布します。海外はサハリンに分布します。
高山に自生する野生の苺です。野生のイチゴと言えばヘビイチゴ(キジムシロ属)のような植物を連想しますが、これとは違います。"れっきとしたストロベリー"というのも変な表現ですが、実の写真からも判るように食用イチゴ(オランダイチゴ属)の仲間です。
食用イチゴの花が5弁花であるのに対して、こちらは7(〜8)弁の花をつけます。
発見地の地名(岐阜県能郷)に因んでこの名前があります。尚、右上の円内の完熟した実の写真は八幡平で撮影したものです。
ややこしいのですが、前述した黄色い花を咲かせるヘビイチゴ(Potentilla hebiichigo)はキジムシロ属の植物ですが、白い花を付けるシロバナノヘビイチゴ(Fragaria nipponica)という植物もあり、こちらはオランダイチゴ属です。
オオタカネバラ (バラ科 バラ属)
Rosa acicularis (大高嶺薔薇)
北海道、本州(中部以北)の亜高山帯から高山帯に分布します。海外では朝鮮北部、中国東北部、シベリア、カナダ、北欧にかけて分布します。
よく似たタカネバラとの違いは小葉の数と形です。
オオタカネバラは、小葉が2〜3対で小葉は卵状長楕円形で先が尖るのが特徴ですが、タカネバラは小葉が3〜4対あり、小葉は楕円形〜倒長卵形で先が丸いのが特徴です。
また、タカネバラが日本固有種なのに対してオオタカネバラは北半球に広がる国際派です。
高山植物にバラ科の植物はたくさんありますが、薔薇らしい花を咲かせるバラ属の植物は本種とタカネバラだけです。
タカネザクラ (バラ科 サクラ属)
Cerasus nopponica var. nopponica (高嶺桜)
個人的にはミネザクラ(峰桜)という別名の方が馴染み深いのですが、正式名称はタカネザクラです。日本には約10種のサクラ属の基本野生種が分布しますが、このうちの一つで、最も高い場所に分布します。
北海道と本州中部以北の温帯から亜寒帯に分布し、ブナ帯から亜高山帯の林縁や林内に生育する落葉小高木です。海外には分布しません。
花柄は無毛で葉が開くと同時に花が総状に1〜3個ずつ咲きます。
尾瀬では湿原周辺の林縁などで見掛けますが、湿原の中で小さな木に花を咲かせていたのを見たこともあります。
尾瀬の東電小屋は周囲の湿原より少し高台の場所に建っているのですが、入口付近の少し小高い場所に数本生えており、この木が開花し始める頃がミズバショウの見頃となります。最近の温暖化の影響でミズバショウの盛りを狙って尾瀬に行ったのに、この桜の木が既に葉桜になっていたり、サクランボが実っていたりしていてガッカリします。
本種の変種がチシマザクラ(var. kurilensis)ですが、差異は葉柄に開出毛が密生し花柄にも開出毛が多いことだそうです。
【ニシキギ科】
ウメバチソウ (ニシキギ科 ウメバチソウ属)
Parnassia palustris var. palustris (梅鉢草)
北海道から九州の日当たりの良い湿地に分布します。海外では台湾、東アジア北部、サハリンに分布します。
木道の端などで、可愛らしい5弁の白い花びらを開いて咲いている姿は、夏から秋にかけての湿原ではお馴染みです。
ウメバチソウには、ウメバチソウとコウメバチソウという良く似た2種類があります。花の大小の他に仮雄蘂(かゆうずい;葯や花糸が発達せず本来の生殖機能をもたない雄蕊)の裂けかたで区別します。
詳細は右の写真をクリックしてください。
ウメバチソウは仮雄蘂の先が糸状に12〜22裂し、先端に球状の黄色い腺体が付いています。一方、コウメバチソウは、仮雄蘂の先が糸状に7〜11裂します。
また、ウメバチソウは約2cm位の花、コウメバチソウは約1.5cm位の花をつけます。
ウメバチソウ属は、以前の分類ではユキノシタ科でしたが、APG分類ではニシキギ科に移りました。
【トウダイグサ科】
ハクサンタイゲキ (トウダイグサ科 トウダイグサ属)
Euphorbia togakusensis (白山大戟)
本州中部以北の日本海側の高山の尾根や山地の湿地に分布します。日本固有種で海外には分布しません。
トウダイグサ属の仲間の中では本種とヒメナツトウダイ(E. tsukamotoi)が高山にまで分布しています。
ハクサンタイゲキは、上部の葉や包葉が鮮やかな黄色なのが特徴です。トウダイグサの花は杯状花序と呼ばれる複雑な構造です。円内に包葉の正面から撮影した写真を加えました。残念ながら、まだ花は未開花の状態です。包葉の中心にある花びらのように見える部分は腺体(密腺)です。この中央部分から大きな子房を持った花弁のない長い雌花が伸びてきて先端で3裂します。その周辺に花弁のない雄花が数個付きます。この形が燈台(岬にある灯台ではなく、昔の照明器具)を連想させるため、燈台草の名前があります。
ハクサンタイゲキはゴボウ根ですが、尾瀬に分布するものは太い地下茎が横に伸びることからオゼタイゲキ(var. ozense)として変種とされたこともありましたが、現在では遺伝的な差異が無いことから同一種とされています。湿原での環境に適応する為に根の形状が変化したものと考えられています。
余談ですが、オゼヌマタイゲキという別名もあります。しかし、尾瀬ヶ原では見掛けますが尾瀬沼周辺では全く見掛けません。別名ですが不思議な名前を付けられたものです。
なお、大戟とは漢方薬の名称で近縁種のトウタカトウダイ(E. pekinensis)の根を乾燥させたものです。この為、トウダイグサの仲間にはタイゲキの名前を持つ植物が幾つかあります。
園芸植物のポインセチア(E. pulcherrima)も同じトウダイグサ属の仲間の植物です。ハクサンタイゲキの黄色部分を赤色に置き換えれば、確かに似た感じがします。
【カタバミ科】
コミヤマカタバミ (カタバミ科 カタバミ属)
Oxalis acetosella var. acetosella (小深山酢漿草)
北海道、本州(中国地方を除く)、四国、九州の山地帯〜亜高山の樹林内などに広く分布します。海外でも北半球の温帯から亜寒帯に広く分布します。
尾瀬では、沼山峠や鳩待峠から尾瀬に下る登山道の林縁で良く見かけます。天気が曇り出すと直ぐに花を閉じてしまいます。
私はこの花は白花しか見たことがありませんでした。しかも花を閉じていることが多いので写真を撮る機会の少ない花でした。
尾瀬で初めて淡い色ですがピンク色の花を見ました。中には帰化植物のムラサキカタバミかと思うほどの紅花をつける株もあるようです。
背景の葉は殆どがシソ科の植物のもので、カタバミ独特のハート型の3出掌状複葉は畳まれた状態で突き出ています。
夕張岳で見掛けたものは少し大型でした。これをエゾミヤマカタバミ(f. vegata)として別品種とする見解もあるそうです。
【スミレ科】
オオバキスミレ (スミレ科 スミレ属)
Viola brevistipulata subsp. brevistipulata ver. brevistipulata (大葉黄菫)
オオバキスミレは日本産のスミレの中では、もっとも変異に富んだ種です。
種としてのオオバキスミレ(V. brevistipulata)には、本サイトで紹介している
エゾキスミレ(subsp. hidakana ver. hidakana)やフギレキスミレ(subsp. hidakana ver. incisa)も亜種レベルで含まれ、何れのスミレもオオバキスミレです。国内の分布範囲も広く、中国地方以北の日本海側や東北地方の太平洋側及び北海道に分布します。
写真のスミレは、葉や茎に細毛が殆どありませんので、変種レベルのオオバキスミレ(ver. brevistipulata)だと思われます。南千島、北海道(道南)、本州(東北〜京都)の山地や亜高山帯の林下や林縁などに分布し、海外には分布しません。
尾瀬では、沼山峠や鳩待峠から尾瀬に下る登山道の木道脇で良く見かけます。群落を作って咲いているときもあります。
オオバタチツボスミレ (スミレ科 スミレ属)
Viola kamtchadalorum (大葉立坪菫)
北海道〜本州(中部地方以北)の亜高山帯の湿原や原野など湿り気のある夏緑林下などに分布します。海外では、サハリンやカムチャッカ半島などに分布します。
ミズバショウの見頃を過ぎた頃に尾瀬に行きました。山ノ鼻から湿原に入ると木道脇にスミレが何株も咲いています。スミレは種類が多くて同定するのが大変です。
高山帯の黄色いスミレならば兎も角、亜高山帯の紫色のスミレには手を焼きます。野生のスミレとしては花が大きいですし、花色も独特です。写真に撮って家に帰って調べたらオオバタチツボスミレでした。大葉立坪菫というだけあって、茎葉は3〜4個あり、葉身は円心形〜心形、長さ3〜7cm、幅3.5〜10cmで先は鈍頭〜短く尖り、基部は心形、縁には波状の鋸歯があります。葉が大きい以外にも野生種のスミレとしては、花弁の長さが15〜20mmと花も一回り大きいのが特徴です。
この季節、鳩待峠から山ノ鼻に下る登山道を歩いていると、良く見掛けるのが名前まで良く似たオオタチツボスミレ(大立坪菫: V. kusanoana)です。北海道〜九州の山地の明るい林下や林縁、草地などで見られるスミレですが、葉が一回り小さいことなどで区別が出来ます。
【アブラナ科】
ウメハタザオ (アブラナ科 ヤマハタザオ属)
Arabis serrata var. japonica f. grandiflora (梅旗竿)
フジハタザオ(var. serrata)の変種のイワハタザオ(var. japonica)の別品種で、花が大きいのが特徴です。
至仏山と中部山岳の岩礫地に分布します。海外には分布しません。
アブラナ科の高山植物は何種類かありますが、何れも良く似ていて特定が難しい植物です。図鑑を持って行くわけにもいかないので、家に帰ってから撮影した写真と図鑑と見比べるのですが、重要なポイントを撮影していなくて特定出来ないことがあります。
この写真も中部山岳で撮っていたら特定に苦しむところですが、撮影場所が至仏山で花が大きいハタザオなのでウメハタザオで間違いないと思います。
背景の赤っぽい岩は蛇紋岩で至仏山らしい風景ですが、蛇紋岩のおかげで名前が特定出来た花です。
【モウセンゴケ科】
モウセンゴケ (モウセンゴケ科 モウセンゴケ属)
Drosera rotundifolia (毛氈苔)
Drosera × obovata (匙葉毛氈苔)
Drosera anglica (長葉の毛氈苔)
食虫植物として有名なモウセンゴケです。
左側はモウセンゴケ、右側はナガバノモウセンゴケ、中央がモウセンゴケとナガバノモウセンゴケの雑種のサジバモウセンゴケです。葉の形状以外に大きな差がないので、3種纏めて紹介致します。
ナガバノモウセンゴケが北海道から本州の尾瀬までの高層湿原に分布するのに対して、モウセンゴケは北海道から九州までと広く分布します。海外では両者ともにサハリンなど北半球に広く分布します。
尾瀬ではモウセンゴケとナガバノモウセンゴケの2種類のモウセンゴケが自生しているので、雑種も良く見かけます。
私は尾瀬では2種の純粋種が共存しており、中間的な雑種以外にも、どちらかに近いような形態の葉の雑種もあるので、そのうち交雑が進むと純粋なモウセンゴケとナガバノモウセンゴケは無くなってしまうのではないかと思っていました。
しかし、モウセンゴケは2倍体、ナガバノモウセンゴケは4倍体で、雑種のサジバモウセンゴケは3倍体なのだそうです。3倍体だと実ができませんから純粋なモウセンゴケやナガハノモウセンゴケが交雑によって無くなることはなさそうです。
とは言うものの尾瀬ではかなり中間的なモウセンゴケが多いように思います。自然界での生存競争ではサジバモウセンゴケが強いのかもしれません。
夏になると長い花茎を伸ばし、渦巻き状の花房に小さな白い花をつけます。
【サクラソウ科】
ユキワリソウ (サクラソウ科 サクラソウ属)
Primula modesta var. modesta (雪割草)
春先になると花屋の店先にはユキワリソウと名付けられた花が並びます。
あれは、キンポウゲ科のミスミソウ(Hepatica nobilis var. japonica)です。
残雪を割るように咲く花という意味で、春先に咲く花で俗名に『雪割草』を名乗る花には、ミスミソウなどがあります。
正式名称がユキワリソウなのはこの高山性のサクラソウの花です。
本州(東北の一部、関東〜近畿)、四国、九州に分布するとされますが、この花が見られる山は限られます。至仏山では結構多く見られます。海外には分布しません。
なお、北海道に分布するものは、現在ではレブンコザクラとされています。
サクラソウの仲間には本種のように根生葉が外に巻くもの(ユキワリソウ亜属)と、ハクサンコザクラのように内側に巻くもの(ハクサンコザクラ亜属)とがあり、重要な見分けるポイントとなっています。
ユキワリソウ亜属には、ヒメコザクラ、レブンコザクラ、サマニユキワリやユウパリコザクラ等があります。
【ツツジ科】
イワナシ (ツツジ科 イワナシ属)
Epigaea asiatica (岩梨)
北海道の南西部と本州の島根県以北の山地帯や亜高山帯の林縁に生える常緑低木です。海外には分布しません。実(刮ハ)は梨の果肉に似て食べられることから、この名前があります。
イワナシ属は日本には本種1種のみで、世界でも北米とコーカサスに各1種の計3種しかない珍しい属なのです。
沼山峠から尾瀬に下る登山道脇で何度か見掛けました。
高山植物としては少し高度不足かと思いましたが、同じような場所に咲いているオオバキスミレも採用したことなので一緒に載せることにしました。
ムラサキヤシオツツジ (ツツジ科 ツツジ属)
Rhododendron albrechtii (紫八汐躑躅)
北海道と本州の滋賀県以北(主に日本海側)の山地帯から亜高山帯の林縁や疎林帯に生育する落葉低木です。海外には分布しません。葉は枝先に輪状に通常は5枚互生します。花は葉の展開前か展開と同時に開花し、枝先に3〜4個付き、花冠は広漏斗形で直径3〜4cmで5深裂します。
布を染めるときに染料に一度だけ浸すことを一入(ひとしお)と言い、幾度も浸すことを八入(やしお)と言います。八汐は「八入」からの転訛で何度も繰り返し染めた深い色という意味です。「八染」と書く場合もあります。
似た花にアカヤシオがあります。同じく5枚の葉を輪状に互生させますが、同じヤシオでも紅紫色の深さが全く違います。
左の写真の背景の川は尾瀬沼を発した沼尻川です。尾瀬沼よりも標高の低い尾瀬ヶ原に流れ込み、ここで湿原の他の河川と合流して只見川となって三条ノ滝を下ります。
ヒメシャクナゲ (ツツジ科 ヒメシャクナゲ属)
Andoromeda polifolia (姫石楠花)
本州の中部以北と北海道の亜高山〜高山帯の湿原に分布します。海外では北半球の寒冷地に広く分布します。
非常に小さいですが草ではありません。
高層湿原に生える立派な常緑低木です。
属の学名のAndoromedaは、アンドロメダ星雲など雄大なものを連想しますが、本来はギリシャ神話に登場するエチオピアの王女の名前で、可愛らしいピンクの壺型の花を美少女にたとえているのです。
シャクナゲの名がありますが、Rhododendron属ではありません。しかし、葉は小さいですがシャクナゲに良く似ています。
ヒメシャクナゲ属は北半球の寒冷地に2種が分布するだけで、日本には本種のみが分布します。
左の写真は山歩きを始めた頃の1983年に撮影したものです。その後もこの花の季節に尾瀬にはよく来るのですが、あまりこの花には出逢えませんでした。ところが、今年(2025年)は当たり年なのか湿原のあちこちに咲いていました。しかし、最近のヒメシャクナゲは花色が薄くなったように感じます。
【リンドウ科】
タテヤマリンドウ (リンドウ科 リンドウ属)
Gentiana thunbergii ver. minor (立山竜胆)
平地に生えるハルリンドウ(ver. thunbergii)の高山型で、基準変種のハルリンドウに比べて小型です。名前は最初の発見地に因んでいますが、特に立山に多いわけでもなく、本州中部(三重)以北と北海道の山地帯から高山帯の湿原に分布します。海外には分布しません。
枯れ草が多い春先の尾瀬の湿原では、良く見かけるというか目立つ花です。この花も以前は花の色がもう少し濃かったのですが、数年前から色が淡くなったような気がします。左は2008年に、右は今年(2025年)撮影した写真ですが、明らかに色が薄くなっています。右の写真の円内は白花で、シロバナタテヤマリンドウ(f. ochroleuca)といいます。
エゾリンドウ (リンドウ科 リンドウ属)
Gentiana triflora var. japonica (蝦夷竜胆)
本州中部以北と北海道の山地帯から亜高山帯の草地や湿地に分布します。海外ではサハリン、朝鮮半島、中国東北部に分布します。
9月中旬の尾瀬ヶ原を代表する花です。ヒツジグサも色付き始めており、この花が終わると本格的な紅葉シーズンを迎えます。
エゾリンドウは背が高く、花は茎の先や上部の葉脇に数段つきます。通常は右の写真のような花の付き方が普通です。
左の写真の固体は茎の頭頂部だけに花を咲かせています。この写真は2013年に撮影したもので、この年に見掛けたエゾリンドウの殆どが頭頂部だけに花を咲かせていました。尾瀬のような高層湿原では栄養状態が良くないので花数が少ないのかもしれないと思った程でした。右は2023年に撮影したものです。この年は複数段に花を咲かせている株が普通で、頭頂部だけの株は稀でした。年による差異があるのかもしれません。
なお、花の色は青紫が普通ですが、右の写真の円内のように赤紫系の花色もあるようです。この花の高山型の品種がエゾオヤマリンドウです。
花屋で売られている園芸品種のリンドウは、エゾリンドウの改良品種だそうです。
【ムラサキ科】
エゾムラサキ (ムラサキ科 ワスレナグサ属)
Myosotis sylvatica (蝦夷紫)
本州(中部以北)と北海道の山地帯〜亜高山帯の林内に分布します。海外ではサハリン、朝鮮半島、中国東北部、シベリア、ヨーロッパ、北アフリカに分布します。
ワスレナグサ属の植物は北半球に約50種分布しますが、在来種として日本に分布するのは本種のみです。尚、国内にはシンワスレナグサ(M. scorpioides)やノハラワスレナグサ(M. alpestris)など何種類かの帰化植物も存在します。
尾瀬の見晴付近で見掛けたこの株は、ミヤマムラサキような青色で花数が多かったので、葉の形状などには注意もせずに「ミヤマムラサキ」と勝手に思い込んで誤って掲載していたことがありました。正しくはエゾムラサキです。申し訳ありませんでした。
余談ですが、歌謡曲などでお馴染みの忘れな草(勿忘草)は、帰化植物であるシンワスレナグサ、若しくはシンワスレナグサとエゾムラサキの交雑による園芸種だそうです。
【キキョウ科】
サワギキョウ (キキョウ科 ミゾカクシ属)
Lobelia sessilifolia (沢桔梗)
北海道〜九州の山地帯から亜高山帯の湿地に分布します。海外では朝鮮半島、中国、サハリン、シベリア東部、カムチャッカ半島と広く分布します。
お盆の頃の尾瀬ヶ原をミズギクと一緒に彩る花です。生命力が旺盛で写真のように大株が木道の間にも入り込んで咲いています。まとまって群生している場所もあります。
キキョウ科といってもミゾカクシ属に属しますから見慣れたキキョウの5枚の合弁花ではなく、上下2唇に分かれ、更に上唇は鳥の翼のように深く2裂し、下唇は3裂します。
この花を茎の上部に房状に咲かせます。
【ミツガシワ科】
ミツガシワ (ミツガシワ科 ミツガシワ属)
Menyanthes trifoliata (三槲)
北海道、本州、九州の山地帯から亜高山帯の沼沢地や浅い沼などに分布します。海外でも北半球の温帯〜亜寒帯に広く分布します。分布範囲は広いですが、ミツガシワ属は1属1種の植物です。
3出複葉の葉をつけることからこの名前があります。花弁に白くて長い毛があります。
ミツガシワはヒツジグサ、オゼコウホネと並んで尾瀬の池塘を代表する植物ですが、良い写真が撮れていません。今までは木道脇で撮った写真を掲載していたのですが、一昨年の秋に見掛けたミツガシワの池塘は撮影場所として大いに期待して来たのですが、花期には少し早かったようです。その中で撮れた池塘で咲いているミツガシワです。
高山の池や沼に大群落を作ります。尾瀬も昔はこの花が多かったのですが、近年は降雪が少ない影響でシカの食害が増え、めっきり少なくなりました。花数が寂しい株でしたので円内に花数の多い株を載せました。
【キク科】
オゼヌマアザミ (キク科 アザミ属)
Cirsium homolepis (尾瀬沼薊)
名前の通り、尾瀬と周辺地域の湿原のみに特産するアザミです。総苞が長く花を包みこむので、他のアザミと違って花が広がらずに箒を逆さにしたような形の花を咲かせます。
以前はタチアザミの亜種(Cirsium inundatum subsp. homolepis)とされていましたが、現在では独立種として扱うようです。
蜜が多いのか、蝶がよく訪れます。写真の蝶はヒョウモンチョウの仲間ですが、種類が多く種の判別が難しいので、単にヒョウモンチョウの仲間とだけ紹介させて頂きます。
マルバダケブキ (キク科 メタカラコウ属)
Ligularia dentata (丸葉岳蕗)
本州中部地方以北の主に太平洋側と四国の山岳帯や亜高山帯のやや湿った草地や林縁に生育します。海外では中国、ベトナム、ミャンマーに分布します。
これも植物図鑑などには、『茎の高さは40〜120cmで根出葉は長い葉柄があり、葉身はフキに似た腎円形で径30〜40cmになり、縁は鋸歯状になる。』などと書いてあります。
しかし、この花とよく似たトウゲブキと見分ける最大のポイントは、トウゲブキに比べて草丈も高く総苞や頭花柄の基部に包葉がないので茎がスッキリしていることです。全体的な印象は海岸付近に生育するツワブキに似ていますが、葉を見ればツワブキの葉には鋸歯がないので、全く違うことが判ります。
尾瀬では峠から湿原に下る登山道脇や小屋周辺の林縁などで良く見かけます。
ジョウシュウアズマギク (キク科 アズマギク属)
Erigeron thunbergii subsp. glabratus ver. heterotrichus (上州東菊)
至仏山や谷川岳のみに特産するアズマギクです。ミヤマアズマギクと比べて花茎が暗紫色を帯びることと葉が細いことが特徴です。
最近全国的にミヤマアズマギクが青紫色になる現象が起きています。早池峰山のミヤマアズマギクは1981年頃にはピンク色でしたが、最近は青紫色のものしか見掛けません。夕張岳の高山植物監視員の方も同じようなことを言っていました。酸性雨の影響なのかもしれないと思っていました。久し振りに至仏山に登ったのですが、ジョウシュウアズマギクはピンク色を保っていることに驚きました。酸性雨だとすると、現在の酸性雨の発生源は環境破戒大国の中国ですから、中国からの気流の影響で東北や北海道に濃厚な酸性雨が降っているのかもしれません。それともジョウシュウアズマギクは変種の為、種として酸性雨に対する耐性が強いのでしょうか。少なくとも、2007年はまだジョウシュウアズマギクはピンク色だったという記録にだけはなってほしくありません。
ホソバヒナウスユキソウ (キク科 ウスユキソウ属)
Leontopodium fauriei var. angustifolium (細葉雛薄雪草)
東北の高山に生育するミヤマウスユキソウ(別名ヒナウスユキソウ)の変種とされ、尾瀬の至仏山と谷川岳のみに特産するエーデルワイスの仲間です。
左は2007年7月に撮影した見頃の株です。文字通り茎も葉も細く、小ぶりできゃしゃなウスユキソウです。
右は1983年6月に撮影した咲き始めの頃の写真です。
まだ茎が伸びきっていない時期にマクロレンズを使ってアップで撮ったので、この写真からは力強いイメージがあります。
(現在は至仏山の登山道は植生保護のため5月の連休後から6月末までの期間は閉鎖されております。)
近縁種には、ハヤチネウスユキソウ、オオヒラウスユキソウ、エゾウスユキソウ、ヒメウスユキソウ及びミネウスユキソウがあります。
オゼミズギク (キク科 オグルマ属)
Inula ciliaris var. glandulosa (尾瀬水菊)
尾瀬の名前がありますが、東北地方の高山にも分布します。海外には分布しません。本州の低地などに分布するミズギク(ver. ciliaris)の変種で、図鑑によれば基準変種のミズギクとの違いは茎の中部以上の葉の裏に腺点が多いのが特徴だそうです。
通常は茎の先端に一輪の花の株が多いのですが、この株は3つも花をつけています。お盆の頃に尾瀬ヶ原で目立つ花です。
オグルマ属の植物ですが、日本にはミズギク、オグルマ、ホソバオグルマ、カセンソウの4種しかない小所帯です。
余談ですが、ミヤマオグルマなど小車の名がつく植物は他にもありますが、これらはオカオグルマ属の植物です。
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