日高山脈が太平洋に落ち込む稜線上にアポイ岳は、ぽこんと頭を出しています。標高は僅か810.6mと低いのですが、厳しい気象条件と超塩基性のカンラン岩に覆われたアポイ岳は、一般の植物が生育し難いことから高山帯が存在します。標高が低いせいなのか高山帯の上に樹林帯が存在するという不思議な山で、山頂はダケカンバの林に覆われています。ヒダカソウなど独自の進化を遂げた固有の高山植物が多く、国の特別天然記念物に指定されています。
山の名前はアイヌ語のアペオイ(火のある所)に由来します。
花の山として有名ですが、あまりにも低いことから、私は『定年過ぎてから楽しむ山』と決め込んでいました。ところがこの標高の低さが災いし、簡単に登れることから盗掘者に荒らされ、ヒダカソウなどは絶滅状態に追い込まれてしまいました。更に、近年は地球温暖化の影響で平地の一般植物の侵入などにより、高山帯そのものが危機的な状態にあります。
2007年の2月に「アポイ岳ファンクラブ」のWebサイトに掲載された雪が殆ど積もっていないアポイ岳の写真を見て、急に心配になりました。ヒダカソウの季節に登ったのですが、心配していた通りヒダカソウは全く見ることが出来ませんでした。2010年に登山道から見える場所で咲いていたのは1輪だけでした。2011年は開花しなかったようです。アポイ岳では地元のボランティアの方々が中心になって保護活動や植生回復に努めておられます。将来は登山道付近でも再び見られる日が来ることを期待したいものです。
又、アポイ岳は誰でも登れる山として多数の登山者客が訪れ、登山者による環境破壊も問題となっています。登山マナーを守り貴重な花を是非後世に残して行きたいものです。
作品の追加、変更は随時行う予定ですので、ご了解下さい。
様似の海岸より見たアポイ岳
最終更新日;2024年4月23日
【オトギリソウ科】
【キク科】
【キンポウゲ科】
【サクラソウ科】
【シュロソウ科】
【スイカズラ科】
【スミレ科】
【ナデシコ科】
【バラ科】
【ベンケイソウ科】
【ムラサキ科】
【リンドウ科】
(ここの並びは、あいうえお順)
以下の並びは、APGVに準拠。 探したい花の名前がわかっている場合は、トップページの【花の検索】から探すと全ての山のページが対象になります。
【シュロソウ科】
オオバナノエンレイソウ (シュロソウ科 エンレイソウ属)
Trillium camschatcense (大花の延齢草)
日高本線の列車が静内を過ぎて様似に近づくにつれ、線路沿いの山の斜面や湿地などにはミズバショウやエゾノリュウキンカに混じってこの花が沢山の群落を作っているのを見掛けます。
本州の高山で見られるミヤマエンレイソウの花はもっと小さいので、最初は何の花か判りませんでした。
オオバナノエンレイソウは北海道と本州北部の山地や亜高山帯の林床に分布します。海外ではサハリンやカムチャッカ半島に分布します。
高山植物と呼ぶには高度不足かもしれませんが、ミズバショウやエゾノリュウキンカも紹介していることですので.......
写真のものは、アポイ岳近くの観音山で撮影したものです。
この花は北海道大学の徽章のデザインにもなっています。なお、従来はユリ科でしたが、APG分類ではシュロソウ科に変わりました。
アポイ岳に登る時にはお世話になった日高本線も2021年4月に鵡川〜様似間が廃線になりました。
【キンポウゲ科】
ヒダカソウ (キンポウゲ科 ウメザキサバノオ属)
Callianthemum miyabeanum (日高草)
しょうもない写真で申し訳ありませんが、アポイ岳最大の固有種のヒダカソウです。アポイ岳と周辺の限られた場所に特産しますが、盗掘等により絶滅の危機に瀕しています。
本種を登山道脇で見ることはかなり難しく、最近では毎年精々1株1輪程度の開花状況となっています。写真の花は2010年に登山道から見える場所に咲いていた唯一の花です。まだ咲き始めの花ですが、開花時におそらく霜などの何らかの障害を受けて痛んでしまったのではないかと思われます。登山道から結構離れた場所に咲いていたので望遠で撮影し、ピクセル等倍でようやくこの程度の大きさです。
私が高山植物の写真を撮り始めた1980年台頃には沢山咲いていたようですが、盗掘などにより激減してしまいました。
近縁種にはキタダケソウがあります。キタダケソウを撮っていた頃一緒に登っていれば、とつくづく思いました。
左側のボールのような葉がヒダカソウの芽生え直後の葉です。キタダケソウと同じ3回3出の複葉ですが、芽生えの姿は大
分違うようです。
【ベンケイソウ科】
アポイミセバヤ (ベンケイソウ科 ムラサキベンケイソウ属)
Hylotelephium cauticola f. montanum (アポイ見せば哉)
日高地方に生育するヒダカミセバヤ(Hylotelephium cauticola)のうちアポイ岳に生えるものは、アポイミセバヤとして別品種に分類されます。但し、同一種とする見解もあります。
かつては、環境省のレッドデータブックにも絶滅危惧II類(VU)として『アポイミセバヤ』の名称で載っていましたが、最新版(2020年)では情報不足(DD)のカテゴリーに分類されています。
尤もヒダカミセバヤ自体が絶滅危惧II類(VU)ですから、この植物の危機が消えた訳ではないのです。
ヒダカミセバヤとの違いは葉先が尖るといった特徴があります。葉先が尖るのは、ある程度葉が伸びた開花のころの特徴で、芽生えた頃は丸い葉をしています。
この花も個体数は激減しており、前回登った時は一日探してようやく芽が出たばかりの株を1株見かけただけでした。今回は2株見かけましたが、開花していたのはこの株だけでした。温暖化の影響なのか、秋の花の花期は全体的に遅くなっているようです。
「見せば哉」とは、この美しさを「誰に見せようか」という自信たっぷりの意味だそうですが、ピンク色のイワベンケイというだけの花ですね。
【バラ科】
アポイキンバイ (バラ科 キジムシロ属)
Potentilla matsumurae var. apoiensis (アポイ金梅)
アポイ岳以外ではチロロ岳、ピンネシリ岳、幌満岳の日高山脈のカンラン岩帯にのみに分布する特産種です。ミヤマキンバイと比べて小葉はほぼ無毛で光沢があり、切れ込みが非常に深いのが特徴です。この花も激減しているようで幌満のお花畑で数株見掛けただけでした。
【スミレ科】
エゾキスミレ (スミレ科 スミレ属)
Viola brevistipulata subsp. hidakana ver. hidakana (蝦夷黄菫)
アポイ岳とその周辺及び天塩山地の白鳥山の超塩基性の限られた場所に特産します。
オオバキスミレの亜種ですが、葉は厚く濃緑色で光沢があり、葉の裏や茎は農紅紫色で、超塩基性植物らしい姿をしています。
1輪だけで寂しい写真ですが、手前にカンラン岩の比較的新しい切断面が写っており、アポイ岳らしい雰囲気なので、この写真を掲載しました。
尚、余談ですがカンラン岩(Olivine)とは、ラテン語のoliva(オリーブ)が語源でオリーブ色(濃緑色)をしていることによります。又、日本語のカンランという名称は、オリーブを漢方の橄欖(かんらん)という全く別の植物と誤認してつけられた為とのことです。
アポイタチツボスミレ (スミレ科 スミレ属)
Viola sacchalinensis ver. alpina (アポイ立坪菫)
アポイの名はついていますが、アポイ岳周辺以外にも夕張岳や天塩地方の蛇紋岩帯にも分布します。母種のアイヌタチツボスミレ(ver. sacchalinensis)の変種で、葉に光沢があるのが特徴だそうです。
カンラン岩や蛇紋岩などの超塩基性土壌に生育する植物は茎や葉が暗紫色を帯びるようですが、本種も同様な特徴を示しています。
尤も花に関しては春先の野山で普通に見られるタチツボスミレと変わりはありません。
【オトギリソウ科】
サマニオトギリ (オトギリソウ科 オトギリソウ属)
Hypericum nakaii subsp. nakaii (様似弟切)
アポイ岳と周辺の超塩基性岩地のみに分布します。この花も花期を終えていました。個体数も少なく私が見掛けた唯一の株です。オトギリソウの仲間は地方変異が多いのですが、サマニオトギリはシナノオトギリなどよりも一回り大きな花をつけます。花や萼には黒点がなく、葉はやや厚くて葉の縁に黒点があります。また、花柱の長さが子房の約1.7倍あります。
【ナデシコ科】
アポイマンテマ (ナデシコ科 マンテマ属)
Silene repens var. apoiensis (アポイマンテマ)
アポイ岳のみに特産します。私が登った時はこの花も盛りは過ぎており、殆ど枯れ花状態でしたが、この1株だけが私を待っていてくれたかのように咲いていました。
この花の基準変種が大平山(オビラヤマ)の岩礫地に特産するカラフトマンテマです。カラフトマンテマは全体が緑色であるのに対して、アポイマンテマは超塩基性のカンラン岩の影響で全体に暗紫色を帯びています。
在来種のマンテマにはタカネマンテマなどがあります。
【サクラソウ科】
ヒダカイワザクラ (サクラソウ科 サクラソウ属)
Primula hidakana var. hidakana (日高岩桜)
アポイ岳と周辺のカンラン岩の岩山に特産するサクラソウです。花茎が先に伸びて、後から葉が出てくるので葉のない植物のように見えることがあります。
別名をアポイコザクラといいます。
アポイ岳の三種類のサクラソウは棲み分けをしており、一番下の樹林帯にはエゾオオサクラソウ、森林限界から馬の背付近まではサマニユキワリ、馬の背以上の場所ではヒダカイワザクラが見られます。アポイ岳は標高が低く樹林帯も入り組んでいるので、馬の背から幌満お花畑に向かう樹林帯では三種類のサクラソウが混生していたりします。
糠平岳などの日高山脈にはカムイコザクラ(var. kamuiana)というヒダカイワザクラの変種が特産します。
エゾオオサクラソウ (サクラソウ科 サクラソウ属)
Primula jesoana var. pubescens (蝦夷大桜草)
道東(おもに日高地方以東)の林縁や谷沿いの湿った場所に広く分布します。海外では中国東北部や朝鮮半島に分布します。
春先のアポイ岳に登ると最初に出会うのがこの花です。一合目の足洗い場付近の登山道脇に大群落を作って
咲いています。薄暗い樹林帯の中でとても華やかな一画です。本州に分布する基準変種のオオサクラソウ(var. jesoana)との違いは、花茎や葉裏などに縮毛が生えていることです。
サマニユキワリ (サクラソウ科 サクラソウ属)
Primula modesta var. samanimontana (様似雪割)
ユキワリコザクラ(Primura modesta var. fauriei)の変種でアポイ岳固有種のサクラソウです。ユキワリソウ亜属のサクラソウですから葉が外側にカールします。ユキワリコザクラよりも葉が細いのが特徴です。この花だけは花期に恵まれ多数の花を見ることが出来ました。稀に白花があるとのことですが、白花は見られませんでした。
但し、最近ではユキワリコザクラとの形態上の変異は連続しているとして、区別しないという考え方もあります。
ユキワリソウ亜属のユキワリソウ節には、ユキワリソウ、レブンコザクラ、ヒメコザクラ等があります。
【キク科】
アポイハハコ (キク科 ヤマハハコ属)
Anaphalis alpicola f. robusta (アポイ母子)
アポイ岳の固有種のアポイハハコです。私が訪れた8月下旬は、この花の季節も終わりで殆どの株が枯れていました。そんな中でようやく見つけた株です。
タカネヤハズハハコと同一とする学説もありますが、アポイハハコの草丈は高くタカネヤハズハハコよりもずっと大柄です。葉先も丸みを帯びて、葉も広くて厚ぼったい感じです。また、頭花の数も多いです。
アポイアズマギク (キク科 アズマギク属)
Erigeron thunbergii subsp. glabratus ver. angustifolius (アポイ東菊)
多くの高山で見られるミヤマアズマギクは高山を代表する花ですが、ピンク色が普通で白花は稀にしか見られません。アポイ岳のカンラン岩地帯に特産するアポイアズマギクは白花が圧倒的に優勢です。稀にピンクもあるらしいのですが、私は全く見掛けませんでした。
右上の円内にピンク色の開き始めの花を載せましたが、全開すると殆ど白になってしまうようです。写真では判り難いのですが、僅かにピンクがかかっています。
花茎や葉が暗紫色を帯びるなど超塩基性土壌の変性種に見られる特徴もあります。根生葉もミヤマアズマギクなどよりも細くなっています。
なお、崕山に分布するものは本種とする考え方とキリギシアズマギク(f. kirigishiensis)として区別する考え方もあります。
【スイカズラ科】
エゾマツムシソウ (スイカズラ科 マツムシソウ属)
Scabiosa jezoensis (蝦夷松虫草)
本州に分布するマツムシソウやタカネマツムシソウの近縁種です。
北海道南西部と青森県に分布し、海外には分布しません。
秋のアポイ岳で、避難小屋を過ぎた直後にポツンと2株だけ咲いているこの花を見掛けました。
タカネマツムシソウやマツムシソウとの違いは、全体的に小ぶりで、根出葉が羽状に深裂し、葉の裂片の先が鋭く尖っていることです。
以前はマツムシソウ科として独立していましたが、APG分類ではスイカズラ科に含まれました。
【リンドウ科】
エゾタカネセンブリ (リンドウ科 センブリ属)
Swertia tetrapetala subsp. tetrapetala ver. yezoalpina (蝦夷高嶺千振)
チシマセンブリ(subsp. tetrapetala ver. tetrapetala)の変種で、日高山地に特産する小型のセンブリです。
この花を見掛けたのは2007年8月ですが、当時はただのセンブリだと思っていました。念の為と思って1枚しか撮っておらず、その後は忘れ去っていました。改めて過去に撮った写真を見ていてエゾタカネセンブリだと気付きました。被写界深度が浅く、2輪にしかピントが合っていないのが残念です。この時の登山はアポイ岳の秋の花を見る為に登ったのですが、アポイマンテマ、アポイミセバヤなどの固有種の花を探すのに気をとられていたようです。
【ムラサキ科】
エゾルリムラサキ (ムラサキ科 ミヤマムラサキ属)
Eritrichium nipponicum var. albiflorum (蝦夷瑠璃紫)
本州に分布するミヤマムラサキの変種です。写真だけではミヤマムラサキと大差ありませんが、全体に灰白色の剛毛が密生します。
写真は縮小しているのでわかり難いのですが、右上の円内が茎と葉の部分の拡大写真です。葉や茎に多数の毛が密生しているのが判ります。
北海道とサハリンに分布します。
北海道でもアポイ岳など限定された場所に限られるとする見解と、北海道に分布するミヤマムラサキは全てエゾルリムラサキとする見解があります。
シロバナもあるそうですが残念ながら私は見掛けたことはありません。
この写真は2007年に撮影したものですが、デジカメを使い始めた頃で、何故か誤ってカメラのホワイトバランスを崩して撮影してしまい変な色調の写真になっていました。当時はRAW画像を残しておらず修正出来ないでおりましたが、デジタル技術を使ってJPEG画像から何とか見られるレベルまで補正が出来ました。
尚、当ページに掲載した写真の著作権は中村和人にあります。
無断転載しないで下さい。
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